5300年前のアルプス、アイスマン・エッツィとチャーガ
1991年9月、アルプス山脈の標高3,300メートルの氷河の中で、一つのミイラが発見されました。5300年間氷の中で眠っていたこの男性に、学界は「アイスマン・エッツィ(Ötzi)」と名付けました。
身長160センチメートル、40代後半と推定されるエッツィは、矢に当たって死んだ状態で発見されましたが、彼が残した遺品は先史時代の人類の知恵を示す貴重な手がかりとなりました。
エッツィの袋から発見された物の中で最も興味深いのは、治療用の針と共に発見された二つの黒い塊でした。科学者たちの分析の結果、これはまさにチャーガでした。
彼の体に刻まれた数十個のタトゥーが鍼術の痕跡であることを考えると、エッツィは当時、部族の治療者の役割を担うシャーマンだったと推定されます。つまり、チャーガはすでに5300年前から人類が健康のために使ってきた貴重な自然の贈り物だったのです。
ソルジェニーツィンの『癌病棟』とチャーガの再発見
時間を大きく飛び越えて20世紀半ば、ノーベル文学賞受賞作家アレクサンドル・ソルジェニーツィンは、自身の代表作『癌病棟』を通じてチャーガを西洋世界に紹介しました。
1950年代、スターリン体制下の強制収容所で末期胃癌と診断されたソルジェニーツィンは、ウズベキスタンのタシュケントの病院で奇跡的に回復し、この経験をもとに1968年に『癌病棟』を執筆しました。末期胃癌を乗り越えたソルジェニーツィンは、2008年に韓国式の年齢で91歳、心臓発作により生涯を閉じました。
小説の中でロシアの農民たちは「お茶代を節約するために、お茶の代わりに『チャーガ』を煮出して飲む」と描写されます。ソルジェニーツィンはチャーガを「白樺の癌」と表現し、白樺の養分を吸収しながら厳しい寒さを耐え抜いたこの黒い茸が、人間にはむしろ逞しい生命力を伝えてくれるという逆説を描き出しました。
1950年代、ソ連の科学界はチャーガに関する大規模な研究を行い、国民に飲用を推奨しました。これから十数年が過ぎて、ソルジェニーツィンの小説が国外で出版されるようになると、世界中の人々がチャーガの存在を知ることになりました。
白樺が育てた黒い宝石
チャーガはシベリアや北欧などの寒冷地域の白樺に生える独特な茸です。外見は黒くてでこぼこしていますが、中は黄金色を帯びており、白樺の樹液を食べて育ちながら、βグルカン、ポリフェノール、ベツリン酸など様々な有効成分を高濃度に含むようになります。
数百年の間、ロシアと北欧地域ではチャーガをお茶のように淹れて飲む伝統がありました。長い冬を過ごす人々にとってチャーガティーは日常的な飲み物であり、民間では様々な健康目的に活用されてきました。
歳月が検証した自然の知恵
私たちはしばしば健康を守る秘訣を最先端の科学や新しい新薬の中に探そうとします。しかし時に、人類が長い間持ち続けてきた古い知恵の中にその答えが隠されていることもあります。
5300年前にアルプスを越えていたエッツィが大切に持っていたチャーガ、1950年代にソルジェニーツィンが経験したチャーガ、そして数百年間シベリアの農民たちがお茶のように飲んできたチャーガ。これらすべての物語は、チャーガが単なる流行ではなく、長い歳月検証されてきた自然の贈り物であることを示しています。
- オ・ギナム, kinam_oh@hanmail.net
